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2015年1月 3日 (土)

現在(いま)を信じて未来を拓く

 年末に1年の締めくくりとして九州の温泉を巡る旅(弾丸ツアー)に行ってきました。初Dazaifu1 日から日程がハードで朝5時起き、朝食はコンビニのパンで羽田に向かう途中で済ませ、10時のJALで北九州空港、すぐにバスに乗り、車窓の景色を見ながらシュウマイ弁当を食べ終わると「花子とアン」の詩人白蓮さんと「政略結婚」した伊藤伝右衛門の旧宅に到着。その広さも然ることながら贅を尽くした造りに感嘆しDazaifu2 ました。2周したところで見学時間が終わり、九州横断道路を大分に向かい別府に早めについたので近くのスーパーで買い出し、夜は冬には珍しい花火のプレゼントがありました。

  バスはそのあと湯布院、阿蘇山、長崎、柳川とめぐり、旅の終わりは太宰府天満宮でした。言わずと知れた学問の神様・菅原道真公を祀った神社です。さだまさしさんのセカンドアルバム「風
Dazaifu5見鶏」(1977年)に収録されている「飛梅」は道真没後に一 夜でこの地に飛んできた梅にまつわる伝説に想いを寄せた曲。「縁切寺」の太宰府バージョンともいえる曲調で「思い起こせよ梅の花」の飛梅に託して将来を約束したかに思えた恋が結ばれなかった切なさ、もう戻らない人への思慕を歌い上げています。

  この曲中で歌われている心字池の3つの橋を渡りました。手前1つめが「過去」で振り返らずに、2つ目の橋は「現在」で立ち止まらず、3つ目の「Dazaifu3 未来」は躓かずに進むとガイドさんに説明され、その通り小学生のように素直に渡りました。渡りながら現実の人生は過去を振り返ってばかり、現在は立ち止まることはしばしば、未来は思わぬことで躓く-それを戒めるための橋なのだと思いました。

  この橋は仏教の教え「三世一念」の考え方に基づいているのだそうです。「三Dazaifu4 世」とは過去世、現在世、未来世を示します。時間は過去から未来へ流れていますが、未来から現在へ流れ、それが過去になるとも言えます。未来は現在という実像に光を落とし、その影が過去になる、そんなイメージでしょうか。人生を変えることができるのは現在をどう生きるか、自分を信じて今を生きる「一念」にかかっている-もし現在に不安や悩みがあるとしたらそれをDazaifu6 取り払うのは現在の自分を信じて生きるしかないと説きます。未来は現在の延長ではなく、現在は未来も過去も含んでいてそのありようが未来を変え過去を変える-今をどう生きるかが未来を作り、過去としてその結果が残されてゆくということなのだと思います。

  今度の旅では忘れてはならない過去の思いを新たにしました。それは長崎にDazaifu8 落とされた原爆です。私たちの国は戦後70年にもなる「現在」中国や韓国から戦争の償いを要求されています。戦勝国アメリカは非人道的な原爆について謝罪するどころか終戦のために必要だったと強弁を繰り返しています。戦争に勝てば償いは必要ないのでしょうか。負けた国はいつまで償えば許されるのでしょうか。人を無差別に殺してしまうから戦争反対というのはもっともですが、戦勝国がこうした非人道的な行為を正当化し、真実をゆがめ、それを政治の道具にすることがもっと問題なのではないでしょうか。帰りの飛行機から眼下にどこまでも広がる青い空と海を眺めながら平和の本当の意味を考え続けました。

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